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知らない / 知らなかった

  ▽母はスイカを知らなかった。別のスイカは知っている。入院中の親戚を訪ねるため、仙台駅に降りた母は「スイカ発売中」という横断幕を目にした。夏の見舞い品にふさわしい。JRとJA (全農) が提携してスイカを売っていると早合点し、駅員さんに売場を尋ねると「券売機で買えますよ」。最初に引換券を買い、それを渡したら持ってきてくれるのね。引換券の購入ボタンが見当たらない。同じ駅員さんに「代金をここで払います。小ぶりでもいいわ。1個運んできてもらえません?」とお願いする母。全てを理解した駅員さん。「ICカードのことです。申し訳ございません」と深々と頭を下げていたが、肩がユサユサと揺れていた。母は「(横断幕に)  Suicaと書いてくださる? カタカナにはアクセント記号が必要ね。スイカとスイカは違うのよ」と憤慨していた。▽東京生活を高校から始めた2年目の冬。私は上京した同郷の3人を得意気に案内していた。中野サンプラザを目指して中央線特快に乗り込ませたら、新宿駅始発は中野駅に停車しなかった! 知らなかった! 慌てて逆方向の電車に飛び乗ったものの、M男の提案で彼らの貴重品を入れていたボックスを棚に忘れる。ドタバタ騒動は誰の責任か、という無益な審議が始まり、“東京人” を鼻にかけた私のチョンボが元凶とされた。 (SS) ▽いくつになっても、知らないことが多い。最近、ピーナッツは「ナッツ」ではないことを知って驚いた。アメリカ人の2020年の平均寿命は77.3歳。コロナの影響で前年より1歳半も短くなり、第2次世界大戦以来の大きな落ち込みとのことだ。世界第1位の日本人女性と10歳も違う。「取り付く島もない」が正しく「取り付く暇もない」は間違いだと知ったのは、社会人になってから。「ひ」と「し」が入れ替わる浅草のおじさんの方言が元凶かもしれない。結婚当初、「40のスペルは...

聞く/話す

  40年ほど昔、仲間に無類の釣りバカがいた。魚釣りに全く関心がない私に、その男は「磯釣り」の醍醐味を熱っぽく話し始める。① 海景色が素晴らしい。② 魚との知恵比べ (潮流と波を計算しないと釣果なし)。③ 釣り上げた魚をそこで食べる幸福感。3つの魅力が太公望への扉を開くと得意気に話す。聞いているうちに興味が湧いた。「道具は俺が全部用意する」と言うので一緒に行くことにした。目指す漁場は南三陸の離れ小島。「♪村の渡しの船頭さんは♪」の童謡に出てきそうな小船で移動。「夕方に迎えに来るよ」と言い残して船頭さんが帰った後で、ヤツが青ざめた。持ってきたリュックに道具と餌が入ってない! 当時は携帯電話がなく、非常時の連絡も取れない。早朝から何もできない青年2人。仕方なく、訥々 (とつとつ) と身の上話を始める。相手の話に耳を傾け、自分の考えも聞かせながら互いに親睦を深めたが、暇つぶしも限界がある。水飴 (みずあめ)...

変わっている

  姪は日本の広告代理店「H社」傘下の制作会社に勤めている。クライアントの切実な要求と〆切厳守の重責を担い (それは業種を問わないが)、とりわけ広告クリエイターには言葉にならないストレスが重くのしかかり、連日、夜明けまで残業を余儀なくされる。変わっているキャラの持ち主が多く、仕事に行き詰まると、常人には考えられない奇抜な行動に出て、新たな発想源を求めるらしい。姪の同僚の1人は動物園から無断でペンギン1匹を連れて職場に現れ、皆を驚かせた。少し遊んだら返しに行くと言うが、どうやって “拝借” して、どのように “返却” したのかは謎だ。創造力とスピードを求められて無理を続け、命を落とした同僚もいたという。姪が言うには「顔の色」の変化が危険サイン。入社当初は情熱にあふれて顔が赤いが、残業で過労気味になると黄色に、次に不安と焦燥感に支配されて青味がかってくる。紫に変わるとヤバイらしい。冗談めかしながら話す姪も死の恐怖に苛 (さいな) まれ、一度退職して休養を取り、数年後に復帰した。ビジネス現場は過酷だ。バブル期に「24時間戦えますか」と歌い上げる栄養ドリンクのCMがあった。近年は「H社」のライバル「D社」の女子社員自殺がクローズアップされるなど、働き方改革が進む。日本の企業戦士の姿が変わりつつある。 (SS) ▽「ねえ、私って、変わっている?」...

お酒

  我が家の直系は蟒蛇 (うわばみ) の系譜なのに、私は一滴も飲まない (飲めない)。昔から少しの甘酒で頭痛に悩まされ、洋酒入りチョコ半個で目が回った。酒食の席でカクテルを注文しても、飲むふりをするだけ。私は酒の効用を知らない。父の酒は「からみ酒」。同じ話を聞かされたあげく、意見を返すと怒鳴られるので始末が悪い。母はまともに相手にせず、父のネチネチとした小言 (こごと) や愚痴に「ウンウン」と頷 (うなず) きながら寝ている!!というスゴ技 (ワザ)...

スポーツ

  父はスポーツ音痴。私たち兄弟は親子でキャッチボールをしたり、スポーツ観戦に出かけた記憶がない。叔父たちは全員スポーツ好き。家業が化学肥料の問屋だったので、商品化された肥料を保管する縦長の倉庫があった。そこには卓球台やバスケットボールのフープが備えられていた。野球もできたが、縦長の倉庫では「三角ベース」は無理。一塁と三塁を直線の延長上に置いて「長四角ベース」を楽しんでいた (二塁なし)。昼休みや休日には、2人ずつチームを組んだ叔父たちと従業員さんがスポーツに興じていた。私と弟も子供ながら 「兄弟チーム」として参加。遊びとはいえ、大人たちは「勝ち」にこだわり、それこそ真剣勝負。ヒートアップしたのは3番目の叔父 (父の3番目の弟) 夫婦との「親戚友好卓球ダブルス定期戦」。開幕戦は14歳と11歳の我ら兄弟組がストレート勝ち。その後も連勝街道を突っ走る。叔父たちは試合中に夫婦ゲンカを始めるほど本気になっていた。相手がリベンジを狙って猛特訓を積んでいる情報を弟がつかみ、闘争心に火がついた。もはや “スポーツ親善試合” どころではない。白熱ぶりを聞きつけた母が観戦に来て、息子たちがポイントを稼ぐたびに小さくガッツポーズを取る姿は目障りだったが、必死に勝ち続けた。 (SS) ▽ 運動やスポーツをすると頭が良くなるというメカニズムが、最近の脳科学の研究で証明されるようになった。ハーバード大学医学部のジョン・J・レイティ博士は著書『脳を鍛えるには運動しかない』...

ペット

  高校時代の夏休みに帰省した私を待ち受けていたのは、旅行中の叔父家族が飼っている犬を散歩させる役目だった。犬種はラフコリー。名前はラッシー。見た目はTVドラマの主役犬そのもの。散歩初日。ある家から小犬が唸り声を上げながら、歯をむき出しにしてラッシー目がけて突進してきた。大きな図体とは裏腹に、ビビッて逃げ惑うヘタレな “迷犬ラッシー”。パワーに引っ張られて転倒した私は右ヒザを擦りむいた。振り返ると、飼い主らしき夫婦 (?) が笑いながら謝っている (笑うか?)。難を逃れた私とラッシーは公園で休息を取っていた。道端に落ちていた古いテニスボール。私が何の気なしに蹴り飛ばしたら、それに反応して脱兎 (だっと) のごとく猛ダッシュ! 後を追いかけた私は、再び転んで左ヒザも擦りむく。翌日、同じ轍 (てつ)...

オリンピック

  ▽コロナ禍中の東京五輪開催。恙 (つつが) なく成功裏に終わることを祈っていた。蘇るオリンピックの記憶。▽2000年シドニー大会。女子マラソンで日本人初の金メダルに輝いた高橋尚子選手こそ最大のハイライトだが、彼女の大ピンチを救った「奇跡のボトルリレー」を覚えている? TVカメラが一部始終を捉えていた。先頭集団を走る日本勢3人が給水ポイントに近づいた時、水を取り損ねた高橋選手。それを見た山口衛里選手が機転を利かせて彼女にボトルをパス (!)。水分補給できた高橋選手が次に市橋有里選手に手渡した (!)。その直後、高橋選手が猛スパートをかけ、一気にトップへ躍り出て栄冠を勝ち取る。スポーツマンシップと勝負師魂が瞬時に現れた、絵になるシーンだった。▽これもシドニー五輪。アフリカの (国名は覚えていない) 男子競泳選手が出場した予選組は3選手だけのレース。しかも、他の2人がフライングで失格し、あろうことか、1人だけでタイムを競う異常事態に。この選手は水泳歴が浅く、スタミナが切れてどんどんスピードが落ちていく。それでも会場は大歓声と嵐のような拍手に包まれ、アナウンサーも最後まで彼の泳ぎを情熱的に実況していた。五輪大会で必ず起こる感動的な珍事。それを期待して、今年もTVに釘付けになった。 (SS) ▽オリンピック期間中、LINEがバンバン飛び交った。「開会式、始まった。この人たち、全員日本にいるんだ〜!...

美味しい

  ▽グルメとは縁遠く、優れた味覚の持ち主でもない私が、これぞ美味!と思える一品 —— それは「雪虎」(ゆきとら)。希代の食通、北大路魯山人 (きたおおじ・ろさんじん) の小著『夏日小味』に出てくる簡単な夏料理。豆腐半丁を油で揚げ、火で炙りながら焼き網で筋を入れ (虎の縞模様)、大根おろし (雪) を乗せる。私は冷やして醤油をかけて食べる。ネギを乗せると「竹虎」(たけとら) と呼び名が変わる。早い話が...

現在のマイブーム

  今のマイブームは「オンライン旅行」。旅に出る前に綿密な行動予定表を作成していた私。旅程を完璧にしておけば、旅の雰囲気を120%満喫できるという信念があった。“旅情重視型” の私が目的を絞り込み、ヴァーチャル旅行に具体的な体験を求める “目的遂行型” にシフトしたのは、コロナ禍で渡航規制が敷かれていた影響もある。単独行動を好む自分はツアー観光を苦手としているが、美術館オンラインツアーはむしろ価値があると思った。ガイドさんの説明がよく聞こえる。意外にも画像が鮮明。自宅からコーヒーを飲みながら参加できる。盗難に遭うこともない。トイレに並ぶ必要もない…etc。オーロラ鑑賞ツアーも納得。$1,000ほどの現地ツアーに参加しても、条件が悪ければ見ることができない。低価格のオンラインツアーなら、再び申し込める金銭的余裕がある。生 (ナマ) で目撃するオーロラと映像で眺めるオーロラは違う? いやいや、モニターを通すだけで、そのオーロラは仮想現実ではありません。立派なリアル体験です。オンラインツアー参加者は指定された出発日時を厳守し、開始ボタンを押さなければ置き去りにされてしまう。服装は自由かもしれないが、どんなにズボラでも、これだけは心掛けなきゃいけない。(SS) 健康志向の友人の薦めで、この1年、いろいろなことにチャレンジしている。▽25分 (集中) /...

スマホ

  ▽私はスマホの機能を熟知していない。乗客が寝静まった旅客機内で、常備薬を足元に落としてしまった。座席を照らす「読書灯」では探しにくいので、スマホのフラッシュライト (始めからONになっていた!) を頼りにサーチを開始。見つけるまで約10分。いざ、OFFにしようとしても…消えない。ガチャガチャと悪戦苦闘。スマホは強い光を発していて、両隣りと斜め前の乗客が目を覚ました。1人の顔に直接光が当たっていたようで、私は詫びながら、明るいままのスマホをバッグの中に戻した。ある機種は音量ボタンを長押しするとONになるらしい (私はスマホで音楽を聴いていた)。カメラのアプリを起動すればOFFになる (マニュアルを読め!)。▽日本の友人がスマホでアダルトサイトをクリックしたら、いきなり「入会金33万円です。ありがとうございます!」の表示が出てビックリ仰天!「2時間以内なら脱会できます」 とあり、すぐに☎︎したという。脱会手数料4,500円が必要だが、特別割引入会金15万円を納めれば、手数料を引いた14万5,500円を返金すると言われ、変だと思ったらしい。警察署で「無視すればいいんです」と指導を受けた友人。敵もしつこく電話攻勢をかけてくる。やがて音沙汰もなくなったが、彼は憔悴 (しょうすい) していた。(私ではありません、念のため)  (SS) ▽「スマホあるある」をご紹介。仰向...

男/女

  私の妻は、とにかく男っぽい。細かいことを気にせずサバサバしている。トラブルを根に持たない。物怖 (ものお) じせずに発言する。芯が強くブレない。自分一人で解決する。相手と対等の関係性を築く。(誉めすぎか?)  猛暑の夏。妻は自分、私、飼い猫用に3台のポータブルエアコンを買ってきたが、同時に使うとブレーカーが落ちた。アンペア増力の電気工事は高額なので見送り、1台だけ使用することに。猫用は余計だったが、それを言うと楽しそうに笑い飛ばす。全く後悔していない。無駄を無駄とも思わない太っ腹。家の中でゴソゴソ動いているトカゲを網で捕まえた妻。外へ逃がしてこいと私に言う。爬虫類の苦手な私は閉口したが、捕獲した手柄を考えれば断れない。妻は1日の活動時間が長く、体力もスゴい。早朝3時に起床して、すぐに全開モード。食べるスピードも速い。私が調味料で味を整えている間に完食。最近、妻の体重が私を超えた。「どうして私の方が重いのよ?」と、不愉快そうに詰め寄るが、私に言われても困る。食べる量が違うし、食後にすぐ寝るのもよくない。相撲部屋の力士が太る “ちゃんこ状態” と同じだけど、言わない方が安全だ。結局、あまり気にしていない。世間はこれを 「男気」(おとこぎ)  と呼ぶ。老後を逞 (たくま)...

父の日

  ギリシャ悲劇『オイディプス王』を引用するまでもなく、父と息子は終生の否定的関係と思っていた。父が他界する半年前までは —— 。父は平気で感情を表に出す直情径行/大言壮語の人だった。ホテルのラウンジで歌う歌手に「ブラボー!」と叫んで立ち上がったり、赤の他人を怒鳴 (どな) りつけたり、誰もが驚く行動ばかりで、私は父との距離を置いていた。父は会社勤めをしたことがなく、祖父の遺産で生活していた。弁護士になる夢は果たせず、不動産鑑定士の資格を取得したが、仕事が性に合わず、50歳頃から引退生活のような日々を送り、生き甲斐を見つけられずに76歳で世を去った。酒浸りの晩年は傍目 (はため) にも哀れだった。父はカンツォーネを愛聴し、オペラやクラシックにも通じていた。彼の魂を救済したのは音楽。私は父の日に 『3大テノール世紀の饗宴』 (パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラス)...

先生

  ▽試験答案にプラタナスの実 (スズカケノキの果実) を正確に描けば、出席不足でも合格点を与える風変わりな先生がいた。その人は一般教養科目の生物学を教えていた (植物学じゃない!)。満員電車に潰 (つぶ) されて早朝クラスに出るのは辛いので、先生の「温情救済」にすがることにした。授業の面白さを讃えるエッセイと欠席続きの “詫び状” を書いて、果実の外皮に整然と並ぶ突起1本1本を丁寧に描いたら、何と「A」をくれた。「C」の予定調和を超えた想定外の過剰報酬。その真意は・・? 自分の心に巣喰っていた「世の中こんなもの」という青二才の舐...

母の日

  昨年の春、老齢の母が歩行中に転倒し、治療とリハビリのために入院を余儀なくされた。90歳を目前に負傷したので、寝たきり状態になることも覚悟していたが、幸いにも骨盤は折れておらず、4か月の入院期間を経て完治し、歩ける姿に戻った。療養中の母を元気づけようとした私は、病室で持て余している時間を楽しく過ごせるだろうと、母の日のプレゼントに音楽のCDを贈ることにした。その昔、母は村田英雄が好きだったので、往年の歌手の名前を挙げて希望を尋ねた。母の口をついて出てきたのは意外な歌手 (グループ) だった。それはSMAP!! えーっ! ファンだったのか!? 母のお気に入りSMAPの楽曲 BEST3:『がんばりましょう』 — 軽快なテンポで「どんな時も...

ルームメイト

  20代初めの頃、普通車運転免許証を取得する「合宿コース」に申し込んだ。静岡県の小都市にある自動車学校で同室になったのは、私を含めて5名。考えてみれば、目的が同じとはいえ、年齢も職業も生活環境も異なる男たちが偶然にルームメイトとなり、2週間以上も寝起きを共にする機会など、生涯でそうあるものじゃない。私は単独行動を好む人間なので、合宿所での夕食後、街の中心部まで散歩するのを日課としていた。喫茶店で寛いだ後、門限には帰宿していたが、毎晩私が何をしているのか、ルームメイトから怪しまれた。夜遊びなどしていません。陽気な40代の自営業者は運動神経が鈍すぎると悩んでいた。「どうしても、方向指示器を逆に出しちゃうんだよ。教官から 『ふざけてんのか!』 と雷を落とされる」 と笑いながら話す。普通、右折の時は右に出すだろ? 運動神経の話じゃないだろ!  問題児は18歳のトビ職人。運転技術はピカイチで誰よりも上手い。路上教習でスピードを出しすぎて教官から怒鳴られまくっていた。その彼がテクニックに溺れたのか、教習所内で交通事故を起こした! 同乗していた教官が負傷して病院に搬送される。地元のTVニュースは「自動車学校内の事故で救急車が出動したのは、前代未聞の珍事」と報じた。(SS) ▽明治生まれの祖母が、私の最初のルームメイトだった。子どもの頃から実家を出るまで、ずっと一緒の部屋で暮らしていた。「知らざあ言って聞かせやしょう 浜の真砂と五右衛門が〜」「あんたの父母はモダンな人で、結婚前にふたりで旅館に〜」「私は腹膜炎で一度死んでね、でも、また生き返ったのさ」など、毎晩、寝る前に面白い話を披露してくれた。テストに朝寝坊したことを祖母に八つ当たりしたり、ひとりの空間が欲しくて作ったダンボールの城壁の小窓から、祖母が特製のおはぎを差し入れてくれたり、落ち込んでいると「さすけね〜」と慰めてくれた。人生の機微を教えてくれたルームメイトだった。▽ワシントン州の学生寮で、クリスという金髪のルームメイトと暮らしたことがある。バドワイザーとビザが大好きな法律専攻の学生で、レッドツェッペリンのロックを年中流していた。母子家庭対象の返済不要の奨学金を得て頑張っていた。スニーカーを乾燥機で乾かしたり、バイトの前にリステリンで酒の匂いを消し、好きな時におならを連発。私が持っていたウォークマンに興奮して、自分のモノのように学生寮の皆に見せびらかしていた。今は弁護士として活躍している。「運命は自分で変える」的な、たくましい精神を彼女に教えてもらった。(NS) 台湾の親元から離れ、日本へ留学中、小さな6畳のアパートを借りて一人暮らしをしていた。小さな台所、小さな浴室、小さな洗濯機、とりあえず生活には必要な “コンパクト設備”...

うそ

  ▽日本に暮らす老齢の母が初めてオレオレ詐欺の電話を受けたのは8年前。「母さん、オレだよ、オレ」「A (弟) かい、どうしたの?」「仕事で大ポカやってしまって、このままだとクビになる!」「あなた、まだ仕事決まってないでしょ!?」 —— 相手の勇み足で被害はなかったが、私と弟は母を守るために “ウソにはウソで撃退する” 方法を伝授した。別の詐欺電話。「どうしても100万円必要なんだ」「分かったわ。1億円振り込んでおく」 —— これも成功したが、最近の母は瞬殺効果100%の伝家の宝刀を使いまくる。それは読経。40年以上も仏門で修行を積んだ母の読経は、まさしく...

友達

  私は少年期から現在に至るまで、言動に派手さもなく、隠忍自重 (いんにんじちょう) という印象を周囲に与えてきたが、実は、強烈な自己顕示欲を隠し持っていた。渡米して間もなく、ボールルームダンス競技会に熱中し、ウルトラマンのようなスパンコール付きコスチュームに身を包み、平気で人前で踊る自分に驚いた。日本にいた20代の頃、友達から結婚式の司会を頼まれた。私の “表向き” の性格なら断るところを二つ返事で引き受ける。心の中で燃えるものがあった。司会進行の台本を綿密に作り上げ、一言一句を暗記して完璧を目指したが、本番で噛みまくってしどろもどろ。列席者の一人から「滑舌が良くなるよ」と酒を差し出される始末。捨て身の作戦に出た私は、台本と羞恥心をかなぐり捨て、アドリブで勝負をかけた。余興では 「素人のど自慢」の司会者のごとく、花束贈呈のクライマックスでは絶叫マシンよろしく、会場全体の感情を盛り上げることに成功し、拍手の嵐に包まれた。人は窮地に追い込まれると、奥に隠された大変身へのスイッチを押すらしい。友達のために一肌脱ごうとしたのは勿論だけど、どうしても「司会の下手なあいつ」という汚名だけは受けたくなかった。翌日には、私は友達の誰もが知っている、口数の少ない、内向的な人間に戻っていた。(SS) ▽モノの本によると、友だちは、大きく8つのタイプに分けられるそうだ。アドバイスをくれるビルダー、めっちゃほめてくれるチャンピオン、趣味が一緒のコラボレイター、どんな時も友だちでいてくれるコンパニオン、人を紹介してくれるコネクター、楽しくてエネルギーをくれるエナジャイザー、奇抜な意見でひらめきを与えてくれるマインドオープナー、困った時に道を示してくれるメンター。いろんな友の顔が浮かんでくるが、ひとりで何役も兼ね備えている人もいるとのこと。ちなみに、親友であるコンパニオンがいると、一番幸福度が高く、人生大成功とのことだ。▽その親友という存在は、自分がなるのも、相手に求めるのも、難しい。実際、そんな理想の友だちを追い求めると、幸せが遠のいてしまうらしい。「部分的には好きだけれど、好きになれない部分もある…」というくらいがちょうどよいとのことだ。「もっといい友だちが見つかるはずだ」ではなく「友だちともっと楽しい時間を過ごすには」という発想が、お互いの幸福度をグッと上げてくれるらしい。年を取るほど友人の存在は不可欠なものになるが、「いいところもあるけれど…」の精神で友だちの輪を維持していきたい。(NS) ケンちゃんと出会ったのは、今から約30年前。当時、友人のYさんとよく新宿のディスコ (死語?) へ通っていた。派手な格好の私たちはそこの黒服 (これも死語?)...

家族

  ▽私は封建的な家父長制が亡霊のように残る旧家で幼年期を過ごした。有力地主の祖父から家督を継いだ父は (バブルが弾けて没落)、生業に就いたことのない、悪く言えば “世間知らずのエエカッコシー” だった。癇癪 (かんしゃく) 持ちで、プライドが高く、家族の中で一番厄介な存在。家長の権威を最大限に振りかざし、攻撃的で相手を威圧する気迫にあふれ、天下人のような大言壮語を繰り返すキャラだったが、トイレの詰まりを解決する道具「スッポン」の使い方を知らなかった。▽お隣さんは10人ほど共生している雑居家族。統率者は元米軍人のMさん。実子と義子が同居する複雑な家族構成のようで、メリハリある共同生活を維持するため、Mさんは家族一人一人に、芝刈り、プール洗浄、屋根掃除などの義務を課して大声で指導する。軍務経験があるだけに、Mさんの掛け声は鬼軍曹の新兵訓練を思わせるほどよく通る。一家は夏になるとプール遊びに夢中になり、親と子が順番に屋根から飛び込む愚行を一日中続ける。整然とした反復行動。規律ありすぎの家族は、遊んでいてもまるで海軍のブートキャンプ。▽肩こり解消のために、ほぼ毎日、私と妻は5〜6kgのバックパックを背負って生活している (これ効果アリ)。「ヤドカリ家族」と呼ばれる日も近い。(SS) ▽自分が子どもの頃は、祖父母、夫婦、子どもが一緒に暮らす3世代同居世帯が多かった。でも、"いけいけどんどん” の昭和の高度経済成長期、日本の産業の中心は、農業や漁業から製造業やサービス業に変化して、たくさんの人が農村から都市へ移動した。我が家も右へならえで、福島の農村から千葉へ移り住み、米作り農家から八百屋へと商売替えをした。4世代が同居していた大家族は、小さな核家族となった。▽私たち夫婦には子どもがいない。晩婚だったこともあり、子どものことまで考える余裕がなかった、というのが正直なところ。旦那もノンキな人で「子どもがいたらすごく幸せだと思う。でも、いなくても同じぐらい幸せだと思う」と言っていた。自分は母親にはなれなかったが、母親のような温かい存在の女性になりたいと思う。▽定年後に「卒婚」や「友達同居」を実践している友人がいる。「旦那には月に一度くらい会うんだけれど、お互いに久しぶりで話も弾むし、新婚時代に戻ったよう」と、空き家になった実家で書道クラスを始めた友人がいる。「配偶者も子どももいないし、好きな仕事をしながら、友達同士で暮らせたらいいなって」と、独身・バツ2・未婚の母で同居している同級生もいる。昔ながらの “家族のカタチ“...

好きな食べ物

  一時帰国の際は「JRパス」をフル活用し、日本中を巡って駅弁を味わう。▽「出島弁当」 (長崎駅):“長崎会席弁当” と呼ぶべき絶品。紅さし南蛮漬け、皿うどん、オランダ風角煮、ごま餅、お煮しめ、うなぎ串焼き、からすみ、びわ、カステラまで堪能できる。和洋中のハーモニーが見事。ビッグサイズで彩りも豊かなので、皆が振り返る豪華版。これぞ No.1! ▽「かにめし」 (福井駅/鳥取駅):小声で言うと、カニの量は福井が多い…。▽「貝づくし」 (品川駅):アサリ、ホタテ、ハマグリ、シジミ、貝柱の5種類を惜し気もなく詰め込んだ逸品! “江戸前” の名が生まれた品川沖の魚介類がぎっしり。駅弁グルメの粋、ここにあり!...

緊急事態

    10年前、東日本大震災後の親族会に出席するため日本へ向かった私は、成田到着から帰省まで緊急事態の波状攻撃に見舞われる。① 空港の両替所で財布を紛失! どこを探しても出てこない! スられたか? パニックに陥った私は「財布が消えました!」と案内係の女性に助けを求めたが、相手はどうすることもできない。迷惑そうな顔で「困りましたね〜」。財布は同じ色のビジネスバッグから垂れていたショルダーストラップに引っ掛かっていた。「ありました!」と喜ぶ私に、迷惑そうな表情で「よかったですね〜」。ヘタリ込んだ私は自販機の前で「お〜いお茶」を立て続けに2本飲み干す。② 数分後、エスカレーターに右足が巻き込まれて転倒! 激痛で歩けない。空港職員の介助を受け、車椅子でクリニックへ搬送される。この事故は足を切断する恐れもあるとか。幸いにも、私は軽い捻挫と診断され、安静にするため空港近くのホテルに一泊。③ 翌朝、痛みは消えたものの、JR 運行管理システムに不具合が生じ、新幹線が運休!...

  ▽東日本大震災の大津波襲来により福島第1原発で爆発事故が起こり、地域住民に避難指示が出された2011年3月12日。母と弟が暮らす福島市は危険地域に指定されなかったが、事故から3日後に「氷雨」が降った。風に乗って上空に滞留していた放射能は雨に捕捉されて市内に降り注ぎ、放射線量が急上昇。あの日、何も知らぬ弟は生活用水を求めて街中を走り回り、それこそ「ブラックレイン」 の中で被曝した。あれから10年。弟に異常値はみられないが、後に晩発性障害が出たとして 「原発被害」 を証明できるのか? 行政の対応に一般市民の生命保障が及ばぬ現実・・何ともやるせない。▽結婚後5〜6年頃は夫婦喧嘩が絶えなかった。価値観の違いに我慢の限界を越えてしまい、登山で鍛えた足腰にモノを言わせて妻が私に飛び掛かったり、雨のフリーウェイでカーチェイスを展開したり。険悪な空気に居たたまれず、時間外のウォーキングに出た私に突然の雷雨が襲った (天気予報はハンパなく外れる)。ゲリラ豪雨の中、妻の車が近づいて私を救出。互いに表情も硬く無言のまま帰宅したが、その日を境に平穏な生活が戻った。▽私流の宮澤賢治『雨にも負けず』:「雨ニモマケズ  風ニモマケズ  (中略)  欲ハナク ...

2021年のイメージ

  ▽年始の星占い。・・・2020年の新型コロナパンデミックは見通せなかった。Covid-19を予言したプロの占星術師もほとんどいない。私が知る限り、それを明言したのは盲目のブルガリア人女性予言師ババ・ヴァンガ。彼女は85歳で他界する前、「2019年の終わりに新型殺人ウイルスが中国から広まる」とズバリ告げたらしい。▽占星家の誰もが注目したコンフィギュレーション (星の座相) は、木星 (拡大)、土星 (抑制)、冥王星 (大変動) が磨羯宮で同会する極めて珍しいトリプル・コンジャンクション。「壮絶な闘い」という象意をどう解釈したか。ある占術家は「社会基盤と生活慣習の大変化」と抽象的に表現した。私は「大統領選で保守、中道、リベラルの大激戦」と読んだ。▽ワクチンで感染収束に期待が膨らむ2021年。その流れには違いないが、新年前半の不安定な座相が気になる (宝瓶宮木星 Con...

2020年回顧

  寒季の到来とともにパンデミック第3波が米国に襲来。Covid-19感染拡大のピークが見えず、不安の中で2020年が過ぎていく。新型コロナ情報を追い続けて8か月半。インディアナ州のR病院が発表したマスク着用と免疫力増進に関する論文の内容に驚いた。キーワードは Cross-Protective Immunity = 交差免疫。隔離していない1人の軽症患者から病院スタッフへの感染度を調べた実験報告。全員がマスクを使用した結果、感染しても92%以上が無症状で済んだばかりか、誰もが新型コロナへの免疫力を獲得していた。手短に言うと、マスクはウイルスを完全遮断できないが、むしろ微量感染を繰り返すことで、免疫細胞が抗体を作り続けて (交差免疫) 重症化を防ぐらしい。これが事実なら (科学的には未証明)、マスクには自然のワクチンと言うべき素晴らしい効能がある。米国と比べて日本の感染状況が緩和されているのは国民のマスク依存度の差? “強いアメリカ”...

冬の記憶

  語学留学生として米国生活を始めた1982年。当時は貿易摩擦でジャパンバッシングの叫びが喧 (かまびす) しかった。時代背景と相まって、ワシントン州東部のS市は白人が9割を占め、隣り町には白人至上主義団体の本部があった。日本人の存在が珍しいのか、店頭で顧客サービスを拒否されたり、何処からかリンゴをぶつけられたりもした。真珠湾攻撃の日 (12/7) に酔っ払い集団に行く手を阻まれながら難を逃れたことも。語弊があるかもしれないが、私はそんな体験を「新鮮」に感じていた。むしろ白人の本質を知りたかった。S市に暮らす私の大叔父 (great-uncle) からは、収容所体験として「白人は最後に裏切る」と聞かされた。私はこれらの出来事をエッセイにしてクラスに提出したところ、教員ほぼ全員がよそよそしくなった。ただ一人、20代の女性教師 Jさんから驚くべきアドバイスを受ける。「アメリカ市民になるのよ。そこから社会を変えるの」と、真顔で具体的なプロセスを私に細かく説明するのだ。アメリカ的な pragmatism...